丸天西店
SINCE 1998.8
2001年09月01日更新
スープ:豚骨+鶏ガラ+醤油
麺 :中太麺
| 中華そば |
薄ら寒い冬の昼下がり、店からは少し離れた駐車場に車を置き、コートの襟を立て少し背中を丸めて少し早足に歩いていた。悴んだ手をポケットの中で暖めながらやっと店先に辿り着いた時、何年も前から時計が止まってしまっている様な佇まいに軽いデジャブに襲われた。私はなぜだか一瞬躊躇った後、ゆっくりとそして静かにドアを開けた。
そこは昔ながらの町屋をそのまま改造したかのような僅かばかりのタタキに簡単な厨房と数席のテーブル席を造り、そして奥の畳の間をそのまま座敷席として利用している。食事時をだいぶずれてしまっ
た時間の為か店内には図面ケースを隣席に大事そうに置いてラーメンを啜っている女性が一人のみ。職業的に同じ臭いがした為なのか、それともただの儀礼的なものだったのかは今となっては既に確かめようもないが、お互いに軽い目礼を交わして私は彼女の隣のテーブルに席を得た。
私が着ていたコートを脱ぎたたんで鞄と一緒に自分の隣の席に置いたところで、それまで座敷席でテレビを見ながら襲い昼食を取っていた女主人が注文を取りにやって来た。ここはラーメンだけの店だと思っていた私はお品書きが無造作に張られている壁を眺めて少々驚いた。昔ながらのラーメン店というよりは戦後間もない頃から奉還町商店街辺りの人々の空腹を満たしてやって来たという自負さえ感じさせられるメニュー構成である。
取り敢えず私は冷えた体を温めるためにも、この店に少しでも早く馴染むためにも熱燗とおでんのスジと大根を注文した。しかし、私のこんな浅ましい思惑などは戦後の経済復興を食の面から支えてきたこの店の風格の前にはもろくも崩れ去らなければならなかった。この店のおでんは自分で勝手に皿に取り、帰る前に自己申告して精算するのであった。侮り難し、丸店西店!
さて、体の温まった私は、再び座敷でくつろぐ女店主に中華そばを「堅め」で注文した。女主人は曖昧な返事だけを残してタタキの作られている僅かばかりの厨房に入り込み、それでも私の中華そばを作り始めてくれたようだ。しかし、作業風景はやはりこの店の歴史同様厚いベールに覆われており確認することは出来なかった。
ベールをくぐり抜け女主人のよって運ばれてきた中華そばは、その湯気を通して伝わってくる豚骨臭が示すとおり軽く濁った豚骨醤油味のスープが麺が隠れるほどたっぷり張られ、豚モモの焼き豚、背中がピンクの蒲鉾、シナチク&ネギという実に歴史を綿々と伝える面持ちに一瞬、神からの啓示を受けたような敬虔な気持ちにさえさせられてしまう。
豊作を願って田を耕す百姓の如く、天の神、地の神に畏怖と感謝の念を込めながらスープの中に箸を入れ麺を掬うと、そこには慈しまれながら今日まで力強く生きながらえてきた中太麺が時の流れを遮断するが如く現れた。私は麺に命じられるままにそれを啜る、麺は歯触りの良さ、味の良さだけではなく、スープとの絡みの良ささえも私に押しつけるように教えてくれる。しかし、私にはそれが仇となった。
スープが豚臭い。食べられないほどではないが豚臭い。だが、これこそが歴史を支えてきた味なのである。思わずコショウを入れてしまった私はキリスト13徒の中のユダのような気分になってしまった。堅くパサパサした伝統的な岡山風の焼き豚、たいした味付けもされていないシナチク。どれを取っても最近オープンした店では通用しないレベルであろうが、そこには培われてきた歴史と伝統という隠し味があるのを忘れてはならない。誇らしげにその鮮やかなピンクを主張する蒲鉾にそれを見て取れないので有れば、まだまだラーメン、中華そばのなんたるかを知らないと言わざるをえまい。
今の数多あるラーメン&中華そば屋の中では「C」というランクにしかなり得ないだろうが、カブトガニのように地味ではあるがその姿を今の時代にも脈々と引き継いでいる姿は何よりも評価しなければならないだろう。
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